FM791
千年 忠祐
医療とスポーツで地域の健康と未来を創る
Tadasuke Chitose
合同会社RitterOrden熊本 / 医療法人仁志会ちとせ循環器内科 | 代表 / 院長

1977年生まれ、熊本県出身。順天堂大学医学部卒業後、熊本大学病院循環器内科などを経て2019年に「医療法人仁志会ちとせ循環器内科」院長・理事長に就任。医学博士、医師会理事。2021年に「合同会社RitterOrden熊本」を設立。JFA公認D級ライセンス、ウェルフェアオフィサー取得。循環器専門医として診療を行いながら、スポーツ施設・サッカークラブの運営を通じ地域貢献に励む。

https://www.ritter-o.com/
MY STORY

医師と経営者の二刀流!情熱が生んだスポーツ事業への挑戦

Q循環器内科の院長を務められながらスポーツ施設の運営やサッカークラブの立ち上げに至った背景をお聞かせください。
A

私は普段、循環器内科の医師として「ちとせ循環器内科」で患者様の診療にあたっています。クリニックでは日常的に病気を抱えた患者様や子どもたちと接することが多いのですが、その中で「病気の予防や再発防止はもちろん、子どもたちが元気に太陽の下で走り回り、ボールを追いかけられる環境を作りたい」という強い思いが芽生えてきました。また地域の皆様が気軽に体を動かし、健康維持や福祉に役立てられる憩いの場を提供したいと考えたことも大きなきっかけです。
2021年、43歳のときにリスクを恐れず挑戦を決意し、合同会社RitterOrden熊本を立ち上げて自前の人工芝コートをオープンさせました。本業である医療の現場で培ってきた「健康や予防医学」の知見とスポーツを通じた「地域のコミュニティづくり」を掛け合わせることで地域全体の健康増進や福祉に貢献していきたいという強い理念をもって活動をスタートいたしました。

Qクリニックでの診療とスポーツ施設の運営を両立される中でどのような毎日を過ごされているのでしょうか?
A

周囲からは「1人で何役もこなしていて凄まじいスケジュールですね」と言われることがよくあります(笑)実際の1日の流れとしては、朝7時頃にクリニックへ出勤して診療の準備を行い、18時まで外来診療を中心とした本業に従事します。診療が終わるとすぐに車へ乗り込み30分ほどかけてフットサル施設へと移動します。
19時頃に現地へ到着し、20時までは子どもたちのサッカークラブ活動の観察、また一般のお客様のコートレンタルや私が運営している社会人チーム練習の準備を行い、20時以降は夜23時頃まで対応を行います。皆さんが帰られた後は施設の片付けや掃除を行い、自宅に帰り着くのは夜の12時頃になります。さらにクリニックが休診となる水曜日の午後には施設の運営やクラブの活動をご支援していただく協賛企業様への営業活動で各地を飛び回っています。決して楽な日程ではありませんが自ら掲げた理念に共感し応援してくださる仲間や地域の皆様の存在があるからこそ、毎日情熱を持って走り続けることができています。

MY STORY

情熱が手繰り寄せた強力な絆と人生の財産となった原体験

Q経験豊富な元Jリーガーを指導者に迎えるなどクラブづくりにおける情熱的なエピソードをお聞かせください。
A

私自身にはサッカーの競技経験がほとんどありません。だからこそ子どもたちに本物の技術と素晴らしい人間性を伝えるためには信頼できる「核」となるコーチの存在が不可欠でした。そこで以前から交流のあった元Jリーガーでロアッソ熊本などでも活躍した片山奨典氏に熱烈なアプローチを行いました。「子どもたちの育成と地域の未来のために、ぜひ力を貸してほしい」と、まさに「三顧の礼」のごとく何度も何度も情熱を伝えて説得を重ねました。その熱意を受け止めていただき、最終的に一緒にチームを立ち上げることができたのです。経験豊富な彼のような素晴らしい仲間がいなければ、現在のクラブの成長はあり得ませんでした。私は経営や旗振り役に専念し指導は信頼できるプロに任せるという形で、お互いの強みを活かしたチーム運営を行っています。

Q先生の行動力や強い情熱の源泉にはどのようなご経験やご家族の影響があるのでしょうか?
A

私自身の原体験として大きいのは大学時代に所属していたアイスホッケー部での出来事です。練習は夜中の12時から朝2時までという非常に過酷な環境でしたが、仲間と共に過酷な練習を乗り越え、創部初の優勝を果たした瞬間、人生で初めて嬉し涙が溢れ出しました。あのときの感動とやり遂げた記憶は30年近く経った今でも私の一生の財産であり、困難に立ち向かう原動力となっています。子どもたちにもスポーツを通じて、そうした一生の宝物になる体験をしてほしいと願っています。
また、父の存在も非常に大きいです。私の父はもともと原子力工学の研究者・技術者として働いた後、30代後半で一念発起して医学部へ入り直し、40代で医師になったという凄まじい苦労人でした。東日本大震災の際も原発の状況を一晩中見つめて心配していた姿が印象に残っています。真面目で努力家だった父の背中を見て育ったからこそ、私も自然と医師を志すようになり、大人になってからも「リスクを恐れず、やりたいことに情熱を注ぐ」という生き方が身についたのだと感じています。

MY STORY

医療とスポーツの融合が拓く、地域社会の健康な未来像

Q現在、最も注力されている取り組みや事業の強みについて教えてください。
A

設立数年で着実に成長を遂げている少年サッカークラブの強化と人としての礼節や感謝の心を育む人間形成です。技術の向上はもちろんですが将来サッカーを辞めたときにも「あのクラブで学んで良かった」と思えるような環境づくりを徹底しています。
また施設面では西日本でも珍しい移動式ネットを備えたテニス兼用コートや自前の人工芝コートを低料金で提供している点が大きな強みです。初心者や40代以上の方が安心して参加できるフットサルイベントや親子イベントなども定期開催しており、幅広い世代がスポーツを楽しめる場を作っています。本業である医療の知見を活かし、単なるレンタルコートの提供にとどまらない、人々の健康と笑顔が集まるホスピタリティあふれる施設運営を心がけています。

Q今後、どのような目標や展望を掲げ、会社を発展・継続させていきたいとお考えですか?
A

サッカークラブの発展と併せて、医療や福祉への貢献をさらに深化させていくことです。超高齢化社会を迎える中で一人ひとりの健康寿命を伸ばすことは社会的な急務です。私はこれまで循環器内科医として、クリニックで心臓リハビリテーションの立ち上げに尽力し、運動がもたらす健康効果の大きさを実感してきました。この経験を活かし、当施設では高齢者の皆様向けのリハビリやグラウンドゴルフの受け入れ、さらには障がい者フットサル大会や放課後等デイサービスの受け入れなどを低料金で積極的に提供していきます。一度訪れた方が「また来たい」と思えるような健康づくりの拠点を目指し、多くの協賛医療機関様とも連携しながら、地域社会へ恩返しができる事業に挑戦し続けてまいります。

MY STORY

挑戦の先にしか、自分だけの豊かな未来はない

やりたいことが見つからなかったり、リスクを恐れて足踏みしたりすることもあるでしょう。しかし、人生は一度きりです。理念を持ち、仲間を信じて一歩を踏み出せば足りない部分は仲間が助けてくれます。失敗を恐れて何もやらないより、挑戦して後悔する方が何倍も価値があります。恐れずに一歩を踏み出してください。

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